ちょっと忙しくて
先月はすっかりさぼってしまいました~
すみません!
ということでタイトルにも書いてあるように
6回シリーズぐらいで釧路の日本酒の歴史を取り上げたいと思います。
釧路の酒造りの始まりは江戸時代後半1802年から1823年まで江戸幕府直営のクスリ場所で
造られた事が始まりだと言われています。
クスリ場所の酒造所は享和2(1 802)年の設置とされ、酒はアイヌとの有力な交易品であり、
労働力の代償として重要物資であるとともに商人・役人の飲料に広く活用されたそうです。
酒造所はクスリ場所の他、サマニやヤクモ、クナシリに設置されました。
クスリ場所(現在の佐野碑園付近にあったそうです)

クスリ場所の酒は当時の白糠や厚岸にもまわされ、
特に白糠は交通の要所だった為、
アイヌや賄夫に多く飲用されたようです。当時の造られた酒は濁酒で、クスリ場所では会所の付近
に清水が得られ南部の蔵人集により酒が造られていました。
酒造りは幕府からの請負で蔵人集により行われていたが、経営は必ずしも安定せず、幕府の
支援金によって経営が保たれていました。
蝦夷地の経営が幕府直轄から松前藩に変わった為、文政4年クスリ場所の酒造所のみ閉鎖され、
閉鎖後は越後、大山酒の流入により本州酒が流通されたそうです。その後、明治初期になるまで釧路では
酒造りを行っていませんでした。
次回につづく